九州大学病院 心臓血管外科

当科手術の特色

心臓弁膜症

「弁」の開閉の異常:心臓弁膜症

 心臓には4つの部屋(右房・右室・左房・左室)があり、それぞれの部屋の出口に相当する位置に「」が存在します。「」は心拍のたびに開閉し、逆流防止弁の役割を果たします。正常に「」が開閉することで、血液は一方通行で移動していき、全身へスムーズに流れていきます。「弁」の開閉に異常があると心臓弁膜症となり、血液の流れがスムーズにいかず、心臓へ負担がかかっていくこととなります。緩徐に負担がかかっていく場合は、長期にわたり症状のないまま病状が進行していくことがあります。構造的な異常による心臓弁膜症は、根本的には手術以外に治療方法がありません。

図1.心臓と血液循環(日本心臓財団HPより引用)

図1.心臓と血液循環
(日本心臓財団HPより引用)

図2.心臓の4つの弁 (日本心臓財団HPより引用)

図2.心臓の4つの弁
(日本心臓財団HPより引用)

心臓弁膜症に対する手術と人工弁

 心臓弁膜症手術では、弁形成術(自分の弁を温存して、いわゆる“修理”する手術)または弁置換術(自分の弁を切除し、人工弁に”交換”する手術)のどちらかが行われます。弁置換術には、「機械弁」「生体弁」のどちらかが使用され、以下にその特徴を記します。

● 機械弁

 機械弁は、カーボン素材でできているため、耐久性に優れており、劣化による再手術の可能性が低いのが特徴です。一方で、弁表面に血栓(凝固した血液塊)を形成しやすくなり、できた血栓が弁の開放を制限してしまったり、血流にのって脳梗塞の原因となったりする可能性があります。そのため、血栓形成を予防するために、生涯に渡るワーファリン(血液をサラサラにする薬)の内服が必要です。ワーファリンによる抗凝固療法中は、出血しやすい状態となっており、定期的な血液検査で効き具合を確認し、厳格に内服量を調節しなければなりません。

● 生体弁

 生体弁は、ウシやブタの組織を利用したもので、弁表面に血栓を作りにくいため、通常は生体弁による人工弁置換術後3カ月間のみワーファリンを必要とします。その後はワーファリンの内服は不要で、機械弁に比べて出血による合併症のリスクを大きく軽減することができます。一方で、耐久性の点では、徐々に弁の構造の劣化が進むため、10~15年で再手術が必要となることがあります。

図3.人工弁の種類:機械弁(左)と生体弁(右)(インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス:トーアエイヨー社HPより引用)

図3.人工弁の種類:機械弁(左)と生体弁(右)
(インフォームドコンセントのための心臓・血管病アトラス:トーアエイヨー社HPより引用)

 一般には、65-70才以上であれば生体弁を選択することが妥当であると考えられていますが、年齢に関わらず生体弁を選択することも可能です。人工弁置換術を受けられる患者さんのライフスタイルに合わせて人工弁を選択して頂けます。そのためには十分な説明を受けられることをお勧めします。

代表的な心臓弁膜症

 以下に、代表的な心臓弁膜症について紹介します。

● 大動脈弁狭窄症

 大動脈弁は、左室からの血液が大動脈に向けて通過する弁です。大動脈弁狭窄症の最も多い原因は動脈硬化の進行で、弁にカルシウム成分が沈着する(石灰化)ことで、弁が硬化し、開閉がスムーズにできなくなります(図4)。特に、高齢者に多く、近年急激に増加している病気です。血液の通過障害により、心不全や失神、狭心症などの多彩な症状を呈します。一般に、症状が出現した時点で、病状は比較的進行していると考えられます。

図4.大動脈弁狭窄症:石灰化した大動脈弁(自験例)

図4.大動脈弁狭窄症:石灰化した大動脈弁(自験例)

大動脈弁狭窄症の標準的な治療方法は、大動脈弁置換術です(図5)。

図5.生体弁による大動脈弁置換術(自験例)

図5.生体弁による大動脈弁置換術(自験例)

 最近では、新しい生体弁「スーチャーレス生体弁」が登場し、人工弁を縫い付ける時間を短縮できることから、さらに手術手術により受ける身体の負担を少なくすることができるようになっています。九州大学病院でもこのスーチャーレス生体弁を使用することができます。

図6.スーチャーレス生体弁:Intuity(左、エドワーズ社より提供)とPerceval(リヴァノヴァ社より提供)

図6.スーチャーレス生体弁:Intuity(左、エドワーズ社より提供)とPerceval(リヴァノヴァ社より提供)

 さらに、超高齢であったり、様々な併存症のために、従来の大動脈弁置換術が困難なハイリスクな方には、カテーテルを使った弁置換術「経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI、タビ)(図7)」を行っています。従来の大動脈弁置換術を受けることが困難と思われてきたような患者さんにも、治療をうける可能性が広がってきました。

図7.TAVI弁:SAPIEN 3(左、エドワーズ社より提供)とEvolut R(日本メドトロニック社より提供)

図7.TAVI弁:SAPIEN 3(左、エドワーズ社より提供)とEvolut R(日本メドトロニック社より提供)

● 大動脈弁閉鎖不全症

 大動脈弁閉鎖不全症では、大動脈弁の構造異常のために左室から大動脈に駆出された血液の一部が再び左室へ戻ります(図8)。そのため十分に全身へ血液を供給できない状態となってしまいます。

図8.大動脈弁閉鎖不全症:弁尖どうしに隙間(矢印)が開き逆流の原因となっている(自験例)

図8.大動脈弁閉鎖不全症:弁尖どうしに隙間(矢印)が開き逆流の原因となっている(自験例)

 標準的な治療方法は、大動脈弁狭窄症と同様に大動脈弁置換術です。さらに最近は、可能な限り自身の弁を温存(修理)する術式(大動脈弁形成術)を積極的に行う方針としています。

● 僧帽弁閉鎖不全症・僧帽弁狭窄症

 僧帽弁は、左房と左室の間にある弁で、二枚の弁尖で構成されます。二枚の弁尖は、左室側に伸びるヒモ状の構造物(腱索)で引っ張られています。腱索が伸びきってしまったり、切れてしまったりすることで、僧帽弁の一部が左房側に翻転してしまい、逆流を生じさせてしまうことが僧帽弁閉鎖不全症の主な原因です(図9)。その他にも、僧帽弁輪が広がり、二枚の弁尖の接合がうまくいかないために逆流が生じてしまう場合もあります。逆流の程度が軽ければ、症状はほとんど生じませんが、中等度以上の逆流が続くと、息切れなどの心不全症状が出てきます。

図9.僧帽弁閉鎖不全症:腱索断裂(矢印)による逸脱(自験例)

図9.僧帽弁閉鎖不全症:腱索断裂(矢印)による逸脱(自験例)

 僧帽弁閉鎖不全症では、可能な限り自身の弁の修復(僧帽弁形成術)を行う方針とし(図9)、右肋間小開胸で胸腔鏡を使用した低侵襲心臓手術(MICS;ミックス)を第一選択の手術方法としています。また、自身の弁の修復ができない場合には、僧帽弁置換術が必要となります。弁置換術でも、弁形成術と同様に低侵襲心臓手術(MICS;ミックス)を第一選択の手術方法としています。さらに、2018年より手術支援ロボット(ダビンチ)を使用しての僧帽弁形成術を行うことができるようになり、九州大学病院でも実施しています(詳細は後述)。

図9.僧帽弁形成術(自験例)

図9.僧帽弁形成術(自験例)

 僧帽弁狭窄症でも、僧帽弁閉鎖不全症と同様に可能であれば弁形成術を第一としますが、硬化した弁の温存が困難で弁置換術となる可能性が高くなります。

● 三尖弁閉鎖不全症・三尖弁狭窄症

 三尖弁は、右房と右室の間にある弁で、三枚の弁尖で構成されます。三尖弁閉鎖不全症の多くは、三尖弁輪が広がり、弁尖の接合がうまくいかないために逆流が生じてしまっています。弁輪拡大だけが原因の場合には、弁輪縫縮術(弁形成術)を施行しますが、時として形成困難な場合には弁置換術が選択されます。三尖弁狭窄症は、稀な疾患ですが、僧帽弁狭窄症と同様に可能であれば弁形成術を第一としますが、硬化した弁の温存が困難で弁置換術となる可能性が高くなります。三尖弁疾患で使用する人工弁は、大動脈弁疾患や僧帽弁疾患と同様のものです。

● 肺動脈弁閉鎖不全症・肺動脈弁狭窄症

 肺動脈弁は、右室からの血液が肺動脈に向けて通過する弁です。肺動脈弁手術の多くは、子どもの頃に先天性心疾患手術で肺動脈弁手術が行われ、成長もしくは年月が経ったことで、肺動脈弁狭窄症または肺動脈弁閉鎖不全症をきたす患者さま(成人先天性心疾患)で行われています。弁形成術または弁置換術(機械弁・生体弁)が、弁の状態や年齢、ライフスタイルなどにより選択されます。

● 大動脈弁輪拡張症(大動脈基部拡大)

 大動脈基部とは、心臓と大動脈の接続部周辺のことを指します。大動脈基部は、大動脈弁・冠動脈口・バルサルバ洞などで構成されます。大動脈基部や大動脈弁輪が拡張している場合には、拡大に伴う大動脈弁閉鎖不全症が問題となったり、将来の大動脈基部の破裂の危険性が危惧されるため、手術による治療(大動脈基部置換術)をお勧めします(図10)。

図10.大動脈基部拡大:バルサルバ洞が洋梨状に拡大している(矢印)(自験例)

図10.大動脈基部拡大:バルサルバ洞が洋梨状に拡大している(矢印)(自験例)

 一般に、大動脈基部が拡大している場合には、大動脈基部置換術を行う必要があり、その際に、大動脈弁自体が病的かどうかで、大動脈弁を温存するか否かの術式が決まります。大動脈弁に大きな構造的異常がない(少ない)場合には、自己大動脈弁を残し(時には大動脈弁形成術を組み合わせて)、大動脈基部を人工血管に置換します(自己弁温存大動脈基部置換術、図11)。一方で、大動脈弁を温存できない場合には、大動脈弁を人工弁に置換し、大動脈基部を人工血管に置換します(ベントール手術)。

図11.自己弁温存大動脈基部置換術(内視鏡により観察した大動脈弁)(自験例)

図11.自己弁温存大動脈基部置換術(内視鏡により観察した大動脈弁)(自験例)

● 感染性心内膜炎

 なんらかの理由により血液中に侵入した細菌が心臓弁にたどり着き、弁構造を破壊してしまう病気が感染性心内膜炎です。原則、長期に渡る抗生物質による治療が必要です。しかし、感染を制御できない場合、弁構造の破壊が進み心不全症状を呈している場合、心臓弁に付着した菌塊による全身塞栓症を繰り返す場合などでは、緊急手術が必要となります。
特に、大動脈弁輪部の感染巣が広範に及んでいる場合には、徹底的な感染巣の掻把が必要です。そのような場合には、国立循環器病センターとの連携のもと、凍結保存同種組織(ホモグラフト)を使用した術式を選択することがあります。九州大学病院心臓血管外科では3人のスタッフが組織移植認定医を取得しています。

過去5年間(2017~2021)の治療実績

2017年 2018年 2019年 2020年 2021年
大動脈弁置換術 81 88 98 82 76
大動脈弁形成術 3 6 5 3 3
自己弁温存基部置換術 6 10 5 3 5
ベントール手術 11 16 22 17 18
僧帽弁置換術 22 17 31 39 55
僧帽弁形成術 43 53 45 32 33
三尖弁置換術 6 3 6 11 7
三尖弁形成術 35 38 31 47 60
肺動脈弁置換術 15 15 7 17 25
ホモグラフト置換術 1 1 0 0 0
大動脈基部置換術全体 20 22 27 21 23