九州大学病院 心臓血管外科

主な臨床研究

大腿動脈送血を用いた低侵襲大動脈弁手術または僧帽弁手術における、送血管径、近赤外線分光法計測値と下肢虚血の相関についての検討

観察研究について

 九州大学病院では、最適な治療を患者さんに提供するために、病気の特性を研究し、診断法、治療法の改善に努めています。患者さんの生活習慣や検査結果、疾病への治療の効果などの情報を集め、これを詳しく調べて医療の改善につながる新たな知見を発見する研究を「観察研究」といいます。その一つとして、九州大学病院心臓血管外科では、現在、低侵襲大動脈弁手術または僧帽弁手術を施行された患者さんを対象として、送血管径、遠赤外線分画法測定値と術後下肢虚血合併症との関連の検証に関する「観察研究」を行っています。
 今回の研究の実施にあたっては、九州大学医系地区部局観察研究倫理審査委員会の審査を経て、研究機関の長より許可を受けています。この研究が許可されている期間は、2027年5月31日までです。

研究の目的や意義について

 僧帽弁は心臓の左心房と左心室を隔てる弁で、大動脈弁は左心室と大動脈を隔てる弁で、ともに血液の逆流を防ぐ役割をしています。何らかの原因で、これの弁の機能が悪くなると、その逆流や狭窄によって心臓の機能に悪影響を及ぼします。内科的治療で治療困難なほど高度になった場合には手術が必要です。一般的には弁を人工弁に交換する弁置換術、または自己弁の修復を行う弁形成術を行うことが多いです。これまではこれらの手術を行うためには、胸の正中を大きく切って胸骨という骨を切り開く正中切開法という方法(図1左)がとられていましたが、心臓外科手術の技術の向上に伴い、側胸部の肋骨の間からの小さい傷で行う、低侵襲心臓手術(図1右)が可能となってきました。

図1(日本低侵襲心臓手術学会ホームページより引用)

図1(日本低侵襲心臓手術学会ホームページより引用)

 心臓手術時には、手術中に一時的に心臓を止める必要があり、その間の全身への血液の供給のために人工心肺という機械が使われます。これまでの正中切開法では、上行大動脈へ送血管を、右心房から脱血管を挿入します(図2左)が、低侵襲心臓手術では小さい傷のためにこれらの管を挿入する十分なスペースがないため、足の付け根の鼠径部にある大腿動脈から送血管を、大腿静脈から脱血管を挿入して人工心肺を確立する方法を採用しています(図2右)。
ところが、血管の径が細い患者さんや、体格のために太い送血管を挿入する必要がある患者さんでは、大腿動脈から送血管を入れることで血管の大部分を閉塞させてしまい、末梢の足側へ血液が足りない状態(下肢虚血)がおきてしまいます。これが長時間に及ぶと、コンパートメント症候群と呼ばれる合併症のために術後に下肢が腫脹し神経障害が生じることがあり、最悪の場合には壊死のために足の切断を要することもあります。

図2(Circulation: Heart Failure. 2018;11:e004905より引用改変)

図2(Circulation: Heart Failure. 2018;11:e004905より引用改変)

図3(Thoracic key.comより引用改変)

図3(Thoracic key.comより引用改変)

 この合併症を予防するために、様々な対策が練られています。これまでの研究によって細い送血管を用いた方が下肢虚血を起こしづらいことがわかっています。また、近年では、遠赤外線分画法という方法を用いて組織の酸素の含有量を測定できるモニターが開発され、手術中にはこのモニターを下肢に装着し、血流が足りているか監視する施設も増えてきています。モニターの数値が低下する場合には、送血管の場所や太さを変えたり、足側の血液供給のために末梢側に向けて送血管(末梢灌流用カニューレ)を追加したりしています(図3)。当科でもこの方法を採用しており、ほとんどの場合は下肢虚血の合併症を生じずに手術を行えています。

 しかし一方で、下肢虚血に関してはまだ研究が十分ではなく、明確でない点も多くあります。細い送血管を用いた方が下肢虚血を起こしづらいことはわかっていますが、大腿動脈の径は患者さんによって異なるので、動脈径に対して具体的にどれくらいの太さまで許容できるかの確立した報告はありません。また、遠赤外線分画法モニターに関しても、多くの施設で採用されているにもかかわらず、その測定値と下肢虚血の関係について相関性があると明確に示した報告はありません。さらに、この測定値の低下を基準として末梢側へ送血管を追加する施設が多い一方で、どれくらいの低下で介入するのがよいか、一律の基準もまた報告がありません。

 今回の研究は、下肢合併症を起こさない安全な手術ストラテジーの確立のため、1.大腿動脈径に対する送血管径、2.術中の遠赤外線分画法モニターの測定値、と3.術後下肢虚血合併症の発生、の関係性について検討するものです。さらに、これらの関係を見直すことで、現在の当科の対策法が有効であるか検証し、より良い対策法がないか考察することが目的です。本研究によって、これまで明確に証明されていない上記項目の相関性が証明され、具体的な血管径や測定値に基づいた下肢合併症の対策、あるいは介入基準を作成することができれば、今後の安全安心な低侵襲心臓手術に対して大きな貢献となるため、本研究は非常に意義深いものであると考えています。

研究の対象者について

 九州大学病院心臓血管外科において2019年4月1日から2022年3月31日までに大動脈弁、僧帽弁疾患に対して低侵襲(側開胸または部分正中切開でのアプローチ)での大動脈弁手術、または僧帽弁手術を施行された173名を対象にします。研究の対象者となることを希望されない方又は研究対象者のご家族等の代理人の方は、事務局までご連絡ください。

研究の方法について

 この研究を行う際は、カルテより以下の情報を取得します。取得した情報の関係性を分析し、大腿動脈径に対する送血管径、術中の遠赤外線分画法モニターの測定値、の下肢虚血合併症発生に対する影響を明らかにします。

【取得する情報】
 年齢、性別、身長、体重、BSA、血液検査結果、元疾患、併存疾患、薬剤治療の詳細、術前CT画像、手術記録、麻酔記録、術中の遠赤外線分光法(NIRS)モニターの測定値。

個人情報の取扱いについて

 研究対象者の測定結果、カルテの情報をこの研究に使用する際には、研究対象者のお名前の代わりに研究用の番号を付けて取り扱います。研究対象者と研究用の番号を結びつける対応表のファイルにはパスワードを設定し、九州大学大学院医学研究院循環器外科学分野内のインターネットに接続できないパソコンに保存します。このパソコンが設置されている部屋は、同分野の職員によって入室が管理されており、第三者が立ち入ることはできません。
 また、この研究の成果を発表したり、それを元に特許等の申請をしたりする場合にも、研究対象者が特定できる情報を使用することはありません。
 この研究によって取得した情報は、九州大学大学院医学研究院循環器外科学分野・教授・塩瀬明の責任の下、厳重な管理を行います。
 ご本人等からの求めに応じて、保有する個人情報を開示します。情報の開示を希望される方は、ご連絡ください。

試料や情報の保管等について

【情報について】
 この研究において得られた研究対象者のカルテの情報等は原則としてこの研究のために使用し、研究終了後は、九州大学大学院医学研究院循環器外科学分野において同分野教授・塩瀬明の責任の下、10年間保存した後、研究用の番号等を消去し、廃棄します。

 また、この研究で得られた研究対象者の情報は、将来計画・実施される別の医学研究にとっても大変貴重なものとなる可能性があります。そこで、前述の期間を超えて保管し、将来新たに計画・実施される医学研究にも使用させていただきたいと考えています。その研究を行う場合には、改めてその研究計画を倫理審査委員会において審査し、承認された後に行います。

利益相反について

 九州大学では、よりよい医療を社会に提供するために積極的に臨床研究を推進しています。そのための資金は公的資金以外に、企業や財団からの寄付や契約でまかなわれることもあります。医学研究の発展のために企業等との連携は必要不可欠なものとなっており、国や大学も健全な産学連携を推奨しています。
 一方で、産学連携を進めた場合、患者さんの利益と研究者や企業等の利益が相反(利益相反)しているのではないかという疑問が生じる事があります。そのような問題に対して九州大学では「九州大学利益相反マネジメント要項」及び「医系地区部局における臨床研究に係る利益相反マネジメント要項」を定めています。本研究はこれらの要項に基づいて実施されます。
 本研究に必要な経費は講座寄附金であり、遂行にあたって特別な利益相反状態にはありません。

 利益相反についてもっと詳しくお知りになりたい方は、下記の窓口へお問い合わせください。
利益相反マネジメント委員会
  • 窓口九州大学病院ARO次世代医療センター
  • TEL092-642-5082
研究に関する情報の開示について

 この研究に参加してくださった方々の個人情報の保護や、この研究の独創性の確保に支障がない範囲で、この研究の研究計画書や研究の方法に関する資料をご覧いただくことができます。資料の閲覧を希望される方は、ご連絡ください。

研究の実施体制について

 この研究は以下の体制で実施します。

研究実施場所 九州大学病院心臓血管外科
九州大学大学院医学研究院循環器外科学
研究責任者 九州大学大学院医学研究院循環器外科学 教授 塩瀬明
研究分担者 九州大学病院心臓血管外科 助教 牛島智基
九州大学病院心臓血管外科 医員 西島卓矢
相談窓口について

 この研究に関してご質問や相談等ある場合は、下記担当者までご連絡ください。

事務局(相談窓口)